結論は、普段通り変わりはありません。

【このように判断する理由】

江戸末期、親が亡くなって喪中のなか、麻疹(はしか)が大流行して子供が罹患し、神様にお願いしたくても神社に参拝できないということありました。

それに対して、金光様(金光教の教祖)は、人間が勝手に忌み・穢れを言うだけで、神様は忌み・穢れは無しと伝えています。

例えば「いかなる知者徳者も、生まれる日と死ぬる日とは無茶苦茶である。途中でばかり、日柄とか何とかかとか言う。いかなる所、いかなる時、いかなる方も、人間によきは、よき所、よき日、よき方なり。日柄方位などは、神が氏子を苦しめることではない」「後の繁盛を頼め」

今もし参拝が規制されているとして、いま生きている自分の大切な人が瀕死の危機に直面して医師からも手を放されたら、神様・霊様にお願いするしかないものの、参拝さえできないのはおかしな話です。

いま生きている家族が新年を迎えられたお礼と今年これからの繁栄のお願い、そして故人の霊の立ち行きは、私ならします。

あとは、参拝する・しないは自由です。